第3回 産後リカバリープロジェクト・シンポジウム開催レポート

産後の「休めない」を社会課題に

第3回 産後リカバリープロジェクト・シンポジウム開催レポート

2025年10月10日、「産後リカバリーの日」に、第3回 産後リカバリープロジェクト・シンポジウムが開催された。会場とオンラインをつなぎ、企業・医療・行政・メディア・スタートアップ・生活者が集結。テーマは「産前産後と休養」。本記事では当日の講演・パネルを通じて浮かび上がった、日本の産後ケアの“今”とプロジェクト第4期の方向性をまとめました。

オープニング「産後リカバリーは、待っている人がいるテーマ」

まず登壇したのは、産後リカバリープロジェクト主催の大広フェムテックフェムケアラボの 平野さん。広告会社である同チームは、フェムケア・ウェルネス領域の課題抽出や事業支援を行っており、「産後の女性の休養は、分かっていながら後回しにされてきた領域」と指摘しました。続いて事務局の柴田さんが、プロジェクトの概要と歩みを紹介しました。産後リカバリープロジェクトは、神奈川県未病産業研究会・休養分科会を前身として2022年に発足。これまで、「産後女性の休養不足」という構造的課題を多角的に捉え、白書作成や政策提言、周囲の理解を促す啓発施策などを展開しています。

基調講演「休養=睡眠ではない。“攻めの休養”が必要」

基調講演に立ったのは、一般社団法人日本リカバリー協会 代表理事の片野先生。「休養=睡眠」という固定観念に疑問を呈し、疲労が“黄色信号”であることを強調した。調査によれば、日本人の約8割が疲労を自覚し、特に産後女性では6割以上が慢性的な疲労を抱えている。にもかかわらず、発熱や痛みと違い、疲労は「休むべきサイン」として扱われにくい。片野先生はスポーツ科学の視点から、「体力 − 疲労 = パフォーマンス」というシンプルな式を紹介する。本来の体力が十分でも、疲労を放置すればパフォーマンスは著しく低下する。これは育児にも仕事にも言えることで、疲れた状態で行動し続ければ、企業にとってはプレゼンティズム(不調による生産性低下)につながり、本人にとっては健康悪化のリスクが高まる。さらに講演では、休養を七つに分類した「休養の7タイプ」が紹介された。休息・運動・栄養といった生理的休養に加え、親しい人との親交や娯楽、想像的な活動といった心理的休養、さらに環境を変える「転換」という社会的休養がある。産後女性には、特に休息・娯楽・転換の三つが不足しやすいという。子ども中心の生活となり、自由時間の欠如や「自分だけ楽しむことへの罪悪感」から、休養行動が取れなくなる現状をデータで示した。

産前産後10の重要課題2025の発表

続く講演では、タカラベルモントの和田さんが「産前産後10の重要課題2025」を発表した。調査や「不満買取センター」に寄せられた声の分析から見えてきたのは、産後女性を取り巻く厳しい現実である。痛みや疲労の慢性化、自由時間の不足、サポート体制への不満、体型の変化への戸惑い、脳疲労や情報過多によるストレスなど、多くの課題が複合的に存在している。中でも印象的だったのは、精神的な孤立感の強さだ。社会とつながる時間や余裕が奪われ、「自分には価値がない」と感じる産後女性が7割を超えるという。和田さんは「休養を贅沢ではなく、社会基盤としてとらえるべきだ」と訴え、企業・行政・サービスが連携した新たな支援の枠組みの必要性を語った。

【産前産後の10の重要課題2025】

1:元気な「産後ママ」が減っている
2:産後は疲れと同様に痛みとの闘い
3:自身のアイデンティティの揺らぎ、自己評価の低下
4:時間が自由に使えないストレス
5:サポート体制に行きつかない
6:運動習慣の減少による筋力低下
7:休養の7タイプ、娯楽・休息・転換タイプ不足
8:産後のリカバリー行動が、進化中
9:脳を休ませる時間がない
10:産後の体型・体質の変化に惑わされがち

データ・学問化・文化創出の三層で社会を変える

その後、日本リカバリー協会 主席研究員の春木氏から、第4期(2025年11月〜)のアクションプランが発表された。中心となるのは三つの取り組みだ。まず一つ目が「産後リカバリー白書」の発刊で、産後女性の休養行動や疲労データを体系的に可視化する。次に「産後休養学」の開発。休養学・行動科学・育児データを統合し、医療者や企業研修などで活用できる新しい学問領域として展開していく。そして三つ目が「産後リカバリーギフトアワード」の創設だ。主婦の友社と連携し、医療者・専門家・インフルエンサーなどによる選考委員会が、産後女性を本当に支えるギフトを選定する。従来の「出産祝い」を超え、産後の女性の心身を整える文化づくりを目指す取り組みである。

パネルディスカッション「休めない産後をどう変えるか?」

パネルディスカッションでは、片野先生、タカラベルモント株式会社の中村さん、産後ケアサービス「SOCO(ソコ)」を展開する株式会社CoNCaの伊藤さんが登壇し、「休めない産後」をどう変えるのかを議論した。伊藤さんは「産後女性は“何をすればいいか考える”こと自体が負担」と語り、ライトなケアから理学療法士による本格ケアまで選べる“思考ゼロで行動できるサービス設計”の重要性を強調した。中村さんは、妊娠から産後一年の体験談をまとめた冊子の取り組みを紹介。利用者からは「パートナーが読み、どう支えればよいのか理解できた」という声が多く、産前からの心の準備が孤立感を減らすと話した。片野先生は「未来の自分の状態から逆算して休養を考える」という視点の重要性を示し、意味づけを変えることで、日常でも休養行動を取りやすくすると語った。

おわりに 産後の休養を「個人の我慢」から「社会のインフラ」へ

シンポジウムの締めくくりに、事務局の鹿取さんは「産後の休養は、努力や根性で乗り切るものではなく、社会全体で支えるべきインフラである」と述べた。産後リカバリープロジェクトは、データ化、学問化、文化化という三層の取り組みを通じ、「産後の休めない」を「休めて当たり前」へと変えていこうとしている。産後の女性が“休める社会”をどう実現するか。その答えは、個人に負担を押しつけるのではなく、社会全体でリカバリーを支える仕組みづくりにある。第4期を迎えるこのプロジェクトは、企業、医療、行政、生活者を巻き込みながら、新しい産後ケアのスタンダードを創り出す挑戦を続けていく。